新書二冊


(1) 『事物はじまりの物語』
 吉村昭著 ちくまプリマー新書 124ページ 築摩書房 2005年1月


 新しいコンセプトのもとに発刊された新書の一冊。著者は『高熱隊道』 や 『間宮林蔵』ど数多くの作品で馴染の方も多いと思う。本書は著者が数多くの歴史小説を書くときの史料調査から得た事柄を集めたもので、「解剖」 から 「万年筆」 など13の事物のはじまりを追い求めている。
 その二話「スキー」であるが、我が国に初めてそれが導入されたのは今から95年ほど前の1911年 (明治44年) のこと、オーストリアのレルヒ少佐の指導で高田師団の将校たちや、さらに一般の人達にも拡まり、高田スキー倶楽部が結成された。この時、支部監事の金井氏の厳父が、師団の中国語の先生をしておられ、将校連と一緒にレルヒ少佐の指導を受けておられる。
 この時をもって日本のスキーの誕生となっていることは一般に認められているところである。
 これより約百年前に、エトロフ島の番人がロシア人に拉致され、黒龍江の下流でツングース人の案内でアザラシ皮を取付けた五尺の板を履いて逃走した話と、さらにそれより百年程前に大阪の伝兵衛なる人物が江戸に向う途中、廻船が遭難しカムチャツカに漂着し、奴隷とされていたところをコサックに救けられビヨートル大帝に引見されることになり、この途路にスキーを履いたものと思われる。また間宮林蔵の著書に 「ツングース人がスキーをはいている図が描かれている。しかし間宮は、それを物珍しげに紹介しただけで、かれ自身がはいた形跡はない。」(P28) と記されている。
 以上が本書の紹介である。
 たわいない話だがもし義経が成吉思汗であったなら、きっとスキーを用いたにちがいない。

(2) 『世界遺産 吉野・高野・熊野をゆく 霊場と参詣の道』
   小山靖憲著 朝日選書 182頁 朝日新聞社 2004年8月
  

 「紀伊山地の霊場と参詣道」が2004年7月、ユネスコの第28回世界遺産委員会で世界文化遺産に登録された。日本で第12件目の登録となる。霊場と参詣道に含まれるのは、奈良、三重と和歌山の三県にまたがり霊場としては 「吉野・大峯」、「熊野三山」 と 「高野山」 であり、参詣道として「大峯奥駈道」、「熊野参詣道」 (大辺路、中辺路、小辺路、伊勢路) と 「高野山町石道」 とである。
 本書は 「吉野・熊野の歴史と文化」、「紀伊山地の霊場」 と「参詣道を歩く」 の三部からなっている。「参詣道を歩く」 の章に全体の約半分の頁があてられ、各参詣道が詳述されている。
 著者は、ユネスコに提出する推薦書の作成に関わって来た学術調査員を務められた和歌山大学名誉教授、現在帝塚山大学人文科学部教授である。
 本書の一部、二部で説かれている事柄は大体10世紀初頭以降が中心で各霊場も大体その形を整えた時代以降となっている。
 これは著者が中世寺社と荘園制が専門であることによる。
 記紀にみられる熊野についての言及は、本書の主題からは外れるところに在り、筆者が想い悩む熊野については、他の研究書を繙かねばならない。
 本書の後半は著者の二十数年の参詣道の踏査による案内である。地図と現地の写真を多数使っている。大峯奥駈道、高野山町石道と熊野参詣道の順に述べられている。
 紀伊路の都から田辺までの道が、遺産に含まれなかったのは現在では文化的な遺産としての存在価値がなくなっているからなのだろうか。
柏木宏信


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