分水嶺 1-3の後始末 

阿部 和行

個人山行 分水嶺区分1−3                    

  昨年10月12日、区分1-3を下見に行ったとき、弓谷峠の東側は松茸山で入山禁止のため弓谷峠の一つ手前のコルから里へ出てしまったので、西半分が手つかずのまま残ってしまった。
人の食べ残しを喜ぶ人はいないから、これは当事者が尻拭きする以外にないと思って、快晴の6月14日に一人で出かけてみた。

 弓谷峠は北へ越えた所に西側へ踏み跡があり、樹林の急斜面だがプッシュの少ない中を登ると小さいピークに出る。最初は有るか無いかの踏み跡だったが、ピークの三つ目までは立派な切り開きがあって道が捗る。

 しかしその後、西へ向かうためにギャップを超えねばならず、樹林ばかりで見通しが全くなく、踏み跡も不確かになってくる。岩まじりの痩せ尾根を越えると、辿っていた尾根がなくなって南へ続いている尾根だけになってしまって、里へ出てしまうが仕方なくこれを辿って里へ出たら、猪除けの金網が張り巡らしてあって人家の方へ出られない。川縁の弱点を越えて無事脱出。

 弓谷峠から藤阪峠まで車で走ってみると、半分くらいしか歩いていないことが解った。
 
 6月29日、残りを消化せねばと一人で末端の藤阪峠から逆に辿った。立派な切開きにつられていたらとんでもない北の方向に一時間も踏み込んで引き返すのに苦労した。ロスが大きかつた。

 東西に続く稜線だから東へ東へ向かえばいい筈なのだが、地形は必ずしも単純でなく、樹林で見通しも全く効かないため度々ルートの選定に迷って、下手すると自分の現在位置が解らなくなって、新聞で見る山に迷つて出られなくなるのはこんな心境かと気が付いた。

 間違えた北方向の尾根にも赤の県境杭があって信用して踏込んだが、東への稜線にもあるのは何故だろう。結果的には前回歩いた岩まじりの痩尾根を覚えていてルートが繋がったことになった。

 北方向の尾根に二カ所、網で進入できないように囲った場所があったが、あれは何だったのだろう。里の猪除けのフェンスは扉があって楽に出られた。ルートを完成してやれやれだが、それにしても一人旅はしんどい。