四国分水嶺踏査の終了報告会  


尾野 益大 記

 関西支部が2006(平成18)年5月26日に徳島県立文化の森21世紀館にて「四国分水嶺踏査シンポジュウム」を開催し、翌日27日から開始した「四国分水嶺踏査」が2008(平成20)年11月23日に終了し、踏査報告会が翌24日、徳島市住吉の住吉・城東コミュニティーセンターで開かれた。

初めに尾野益大会員が四国分水嶺踏査の意義について話した後、重廣恒夫関西支部長が全コースの概要を写真で見せながら詳しく解説した。 会員と一般参加者含め約50人が出席し、熱心に聞き入った。

総合司会は中谷絹子会員が務めた
尾野会員は、分水嶺踏査が2006年5月27日に徳島市の平石山からスタートし、20081123日に鳴門市瀬戸町明神に下って終了したことを報告。「四国の分水嶺は、主に四国山地と讃岐山脈の二列からなっており複雑な構成をしている。当初、四国山地だけを踏査する計画だったが、分水嶺を厳密に辿ることにしたため赤石山系と讃岐山脈も取り入れることに改めた」と話した。

全山を踏査する意義については「四国の分水嶺を忠実に辿った記録はこれまでにない。四国山地の縦走登山という観点からでも剣山から石鎚山の区間縦走などは記録があるが、数十年前のものが多い。登山道の整備状況や所要時間、三角点の埋設状態も含めて最新のデータが得られた。また、四国にも自然豊かな山が存在することを理解してもらえた。二夏にわたって会員に阿波踊りを体験してもらったことと四国の物産購入を通して四国の人・物との交流ができたことは有意義だった」と指摘した
重廣支部長は、分水嶺の踏査について日本山岳会の創立百周年記念事業として北海道から鹿児島県までの中央分水嶺で踏査が始まり、無事終了したことを紹介。「登山の原点に返り、日本山岳会が目指しているパイオニア精神を発揮する活動として成功させた」と語った。しかし、四国分水嶺は中央分水嶺踏査に含まれていないため「関西支部の創立
70周年記念事業の一つに組み入れた。今回の成果は報告書として冊子にまとめたい」と述べた。重廣支部長はプロジェクターを使い、四国山脈や赤石山系、讃岐山脈それぞれの分水嶺と踏査コース、山名、三角点名などの一覧表をスクリーンに写し出して詳細に解説。参加者は熱心に聞き入っていた。 また、日本山岳会の概要や関西支部に関係したヒマラヤ高峰の登山実績なども合わせて説明。「四国は関西支部のエリアに含まれており、四国分水嶺踏査を機会にして将来的には四国支部の設立構想もある」と結んだ。

 


引き続き、四国分水嶺踏査に参加した阪下幸一、滝由喜子、小林京子、久米久夫、前田正彰、佐野加代子の各会員のほか、福島県から駆けつけた渡辺正美会員、愛媛県内でコース整備の奉仕をしてくれた古田修司会員らも苦労話などを話した。この中では「四国に広大なブナ林やブナの巨樹があることを知って感動した」「四国の山へ今後も時々、来たい」「分水嶺踏査だけでなく、徳島伝統の阿波踊りも経験できた」「踏査では、山と山を歩いてつないだだけでなく、会員と会員をつなぐ山行でもあり貴重な体験だった」などと印象深い言葉が相次いだ。踏査の思い出を短歌に詠んだり、ブナの言葉を歌詞に使ったクラシック曲のラジカセによる演奏もあり、短い時間ながらも充実した報告会となった

 
会場には、全踏査コースの地図や所要時間が分かる図表も掲示し、参加者は食い入るように見ていた。