| 支部山行 04−17 「紀伊山地の参詣道を辿る」シリーズ果無山脈 |
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新井 浩 |
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| 【期 日】 2005年3月27日(前夜泊) 【コースタイム】 安堵山と黒尾山の鞍部7:30…黒尾山08:07…冷水山08:33~08:50…カヤノ壇09:26…公門谷のアタマ10:10~10:25…筑前タワ10:47…1117mピーク 11:05…ミョウガタワ11:11…1158mピーク 11:28…(昼食11:50~12:25)…ブナ平12:35…石地力山13:05~13:17…果無峠13:45~13:55…果無登山口15:05~15:15…蕨尾バス停15:55 【参 加】 新井浩、新本政子、内田嘉弘、内田昌子、浦上芳啓、大塚宏圀、大塚和子、柏木宏信、滝川敏康、田中祥介、中谷絹子、藤田健次郎、松村文子、宗實二郎、宗實慶子、森沢義信、芳村嘉一郎、新井幹子、柏木純子、西谷美保子、蓮川博凡、藤田富美子、前田孝夫、松村雅子(24名) |
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奈良県最南部の県境、和歌山県と接するところに果無山脈が東西に位置している。この果無という名称には以前から心引かれるものがあったが、交通不便の遠隔地だけになかなか訪れる機会が無かった。しかし、関西支部では昨年来から「大峰山奥駈け登山」が全国分水嶺登山の一環として取り上げており、その関連として今回の果無山脈の山行が立案された。まさしくチャンス到来であった。なお、世界遺産指定になった熊野古道の小辺路を調べていると、「これより先は神のおわす黄泉の国」と、十津川村で古くからそう伝えられているのが果無山脈だとのことが記されていた。 5時起床。深い谷間は静寂。ウグイスの初鳴きを聞く。トコトコと若いイノシシが一匹、車道を横切るのを見る。大自然に包まれた竜神村らしい朝でした。6時朝食。 昨日の小型バスに乗り込んで7時出発。スーパー林道竜神本宮線をグングン駆け登る。抜けるような青空のもと、気分は高揚。30分で展望所着。下車。安堵山の東側鞍部で大塔山系の山並みが開けている。いきなり標高1000mに立つことが出来、この眺望を得てご機嫌は上々であった。(最近では、マイカー利用でここからの冷水山往復の登山者が多いとの事。5月初旬のシロヤシロ・10月下旬のブナの黄葉が狙い) ここからの主稜線上の縦走路はゆるやかな起伏である。左右は葉を落とした小潅木があり、枯れ枝越しの景色である。黒尾山に着いて冷水山が樹林越しに見えてきた。吊り尾根を登り返すと小台地状の開けた頂きが冷水山(一等三角点1262m)だった。8時35分。ここで10人ほどのグループが追いついてきた。交差登山をやっており、東西の登山口にマイカーを置き、出会ったところでキィーを交換するとの趣向。賑やかな山頂となった。記念撮影も先方の手を借りることが出来た。南の遠くに大塔山の三角錐があり、乙女の寝顔と呼ばれる半作嶺も認められる。その手前が中辺路で昨秋歩いたところだ。とにかく紀伊半島の山また山の景色には恐れ入る。 アップダウンの稜線は変わりの無い林間の道が続く為、いささか飽きてきた。足元にこの山行はじめてのお花が見出された。バイカオウレンだった。あまりにも小さい白花で、あわや見逃すところであった。風雪に耐え早春に咲く姿には、おおいに心慰められるのであった。ここで元気なグループに出会う。交差組の片割れである。この後楽しい再会があったと思われる。そろそろ昼食かと思えた頃、「ブナの平」手前でストップ。11時50分。これは失敗だった。後で通ったブナの平は、見晴らしがよく腰を下ろす余地があったのである。食事中に例のグループが通過する。抜きつ抜かれるである。はたしてブナの平で追いついた。南面が開かれていて、眼下に熊野川のうねりが見える。なんと本宮の大斉原の大鳥居が見えるではないか。感激する。熊野古道の終点・熊野本宮大社を参詣したことを思い出す。 「世界遺産熊野古道」の旗がひらめいていた。小辺路(蕨尾口バス停から本宮大社前バス停まで)の峠でもあったからである。小辺路は高野山からのさいごの難所道である。果無山脈縦走の旅は、最後はこのお遍路みちに合体してしまう。すぐに湧き水のある果無観音堂に出てトイレ休憩となる。ところどころ石畳になった坂道をドンドン下る。もと天水田のあったところ・石垣の残る山口茶屋跡など通過し、最後の急坂を下ると果無という尾根上の見晴らしの良い集落に出る。登山口(下山口)が車道終点で、例の交差登山グループが車に乗り、引き上げてゆくところであった。景色のいいところで、私たちの目の下、手の届くところに十津川温泉郷の柳本があった。これまでの長い長い下りの道ですっかりと重たくなった足を引きずっての健闘もあとわずか、車道をダラダラと歩けば、これにて終了となる。約束のバス時間・16時には、全員無事間に合うことが出来た。 なお、小辺路の古道沿いには、300m毎に33体の観音石仏が祀られており、旅人を見守っている。峠に第17番があり、下るに連れて数字を重ねていく。西国三十三ケ所霊場に倣って造立されている由。バスが我々サイドに出迎えてくれたので第三十番で終わりとなった。 十津川温泉入浴を割愛して、168号線を北上し、五条経由で八木駅に19時15分到着。ここで解散となった。世話役さんをはじめ、皆さんも大変ご苦労サンでした。楽しい山歩きが出来、有難う御座いました。(新井 浩 記す) |