小辺路1

支部山行 05−15  「紀伊山地の参詣道」 

小 辺 路 T 

新本 政子


伯母子岳山頂にて

 高野山から熊野を結ぶ小辺路前半部を晴天に恵まれた総勢24名は、午前10時に源頼朝菩提の為に創建された高野山金剛三昧院前を出発した。私は42年前伯母子、護摩壇山、竜神へと歩いて以来で懐かしく参加させていただいた。バイカオウレンの白い花やうぐいすの声に迎えられ、女人堂があったろくろ峠から真別処分岐を過ぎ、高野の山を眺めながら尾根道を薄峠へと歩く。途中に高野へ四〇丁、熊野へ十七里と刻まれた丁石道標を見て、桧や杉、高野槙の樹林を御殿川の清流にかかる赤い橋へと下り、急坂を登りなおすと大滝(陣が峰)の標識のある車道に出た。整備された大滝休憩所へ到着。近くの民家の方に商人住人の生活道路であった小辺路の話など聞き、美味しい流水をすすめられたり、流水を受ける大釜で二斗の米を炊いたなど昔話を聞きながら楽しく昼食。ごみの始末迄お世話になり、昔の旅人も里人の親切に心を休めただろうと思ったりした。



 高野槙の植林の道を登り、しばらくして高野龍神スカイラインに出る。立里荒神の大きな看板のある分岐で少し寄り道して大日岳から八経岳へと大峰の山々を一望して記念写真を撮る。スカイラインをしばらく進み山道を水ヶ峰の分岐へ。ピークは諦め先を急ぐ。近くに荒神岳、遠くに残雪の美しい大峰連峰の眺望を楽しみつつ、水ヶ峰集落跡を過ぎ、四阿のある休憩所で大休止。お茶を楽しむ。

 野迫川村が作ったタイノ原林道で古道はほとんど消えたらしいが、本宮へ14里半と刻まれた道標地蔵石仏のある平辻からは古道らしい道となり、雑木林や松林の中を一気に大股へと下った。今夜の宿「ホテルのせ川」の迎えの車に乗る。温泉に浸かり、アマゴ、キジ、シカ等の山の幸の夕食を戴いた。



 翌朝、宿の車に送られて、川原樋川にかかる大股橋から歩き出す。この辺りに数軒あった民宿も一軒残るのみとの事。

 急な九十九折の坂道を廃屋の残骸が残る萱小屋跡へと曇天の下をゆっくりと歩き出す。樹林から出て明るくなった道を桧峠へと進む。夏虫山への分岐を右手に見て、雑木の梢に春のいぶきを感じつつ、緩やかな道を行くと護摩壇山、伯母子岳、伯母子峠への三叉路に出た。以前歩いた折は在った筈の萱小屋も思い出せず、遊歩道の先の様変わりした護摩壇山にもがっかりした。



伯母子岳1344△の山頂は眺望良く、周囲の山々の景観を楽しみ記念写真。山頂より尾根伝いに伯母子峠に下って昼食となる。この峠には真言宗高野と天台宗大峰の関門の石があったそうだ。



 なお一部は伯母子山頂へは行かず、北側の巻き道(すなわち小辺路の道)をとって追従を完全にし、併せて助かる時間で夏虫1348.5△を往復した。

 峠からは時折残雪を踏みつつ、左に深い谷を見ながらの五百瀬への長い道。この道を逆に故郷を捨てて北海道へと移住していった十津川の人々の行列が、延々と峠を越えたかと想うと感慨深い。


 石垣が残る広い上西家屋敷跡で小休止。振り返ると伯母子岳はすでに遠くきれいな稜線を見せていた。標識に導かれて右手に登る旧道を上り下りする。小さな峠の丸太のベンチで一休みした後、石畳の道を下り侍平屋敷跡を過ぎ、「右ざい志よ道、左くまの道」の道標地蔵がある分岐に出た。長い下りに疲れた頃県道に降りる。赤い立派な三田谷鉄橋を渡って神納川の土手に咲く白梅を眺めながら、八木への迎えのバスに乗り込み、五百瀬を後に帰途についた。

「期日」 06年3月25〜26日
「コースタイム」
(25日)金剛三昧院10:00―ろくろ峠10:15―薄峠10:50〜11:00−大滝11:50〜12:25(昼食)−スカイラインにでる13:00−立里荒神への分岐13:15〜13:27−水ヶ峰分岐13:50〜14:05−休憩舎14:40〜15:00−平辻15:30−大股16:10−「ホテルのせ川」
(26日)大股07:50−伯母子岳登山口08:00−萱小屋跡08:40〜08:50−桧峠09:45〜09:55−夏虫山分岐峠10:00−峠への分岐10:25−伯母子岳10:40〜11:00−伯母子峠11:10〜11:45(昼食)−上西屋敷跡12:25〜12:35−屋根上の小ピーク13:50〜14:00−侍平屋敷跡14:20−三田谷鉄橋14:45−五百瀬(バス発)15:00


「参加」 内田嘉弘 内田昌子 浦上芳啓 金井健二 久保三朗 先水美智子 滝川敏康 田中義一 戸島泰三朗 中島隆 松村文子 宗實二郎 森沢義信 芳村嘉一郎 新本政子
会員外9名