奥駈道4

支部創立70周年記念(国内山行)  


大峰奥駈道 第四回

支部山行 04-09   大普賢岳〜行者還岳〜一ノ垰


新井  浩

<支部報記載のレポートはこちら>


大普賢岳頂上より稲村ヶ岳〜山上ヶ岳の稜線を望む


 
近鉄八木駅に7時半集合。天気予報は、当初の雨予想から晴れにかわっており、参加の25名の顔は明るい。マイクロバスにて和佐又ヒュッテへ向かう。

 前回の終点は、大普賢岳の頂上だった。梯子と鎖が連続している急峻な岩壁・岩尾根が東に落ち込んでいる和佐又への下り道は、緊張を強いられてシンドイ思いをしたのである。これを登り返えすのが本日の大前提となる大仕事。奥駈け道に戻るのも楽でない。
 和佐又の駐車場は、マイカーでほぼ満杯であった。まだ紅葉には早い時期だが、この混雑は世界遺産登録のせいかと思われる。キャンプ場にて世話役挨拶があり、9時半スタート。ゆるやかな尾根道は、青空の見える明るい樹林で、赤膚の幹のヒメシャラが良く目立つ。

梯子を一ケ所登ると絶壁の裾に至る。シタンの窟・朝日の窟・笙の窟となる。ここまで一時間所要。前回の夕方に降り立った時の暗さは無く、明るい笙の窟だった。印象が大きく違う。間口は約10m長、奥行き約5m、高さは中央で4mくらいか。かって中井行者が百日参籠の時、内部にテントを張って天上からの雫を防いだとの事。よく見ると残置ハーケンが二本、天井に認められた。

 鷲の窟のあとは、梯子・鎖・鉄桟道の連続で、シャクナゲが多くなる。こんな便利な道具立ての無い昔は、岩の急登の場面で、これぞ山伏の修行として厳しさが要求されたものと、想像されるのである。「石の鼻」の巨岩の上に立つと、東の彼方に大台ケ原へのドライブウエィが見える。かっての道路開発で土壁が露出し無残な自然破壊を非難されていたのが、今では緑がかなり覆っていて、修復されているように見えた。国所有の国立公園だけに管理をしっかりやって欲しいものである。さらに急登を続けると奥駈け道にようやく到達する。そこからさらに約5分のガンバリで大普賢岳1779.9mの山頂となる。本日のスタートラインに立ったのは、12時であった。

 人で一杯の山頂で昼食を摂る。いつの間にか上空の青は消え、白い雲ばかり。北西面の稲村ケ岳・大日山から北の山上が岳にかけて、スカイラインが未だ残っていた。6月に歩いた山上が岳から地蔵岳・竜ヶ岳・阿弥陀が森へ続く山並みが見える。大普賢岳はこの付近の最高峰だけに比較的眺望はよい。天気が良くないのが残念であった。

 12時半出発、記念撮影のあと、奥駈け道をスタートするにあたり、森沢先達から南の行く手の山並みについて説明があった。目線よりもはるかに低い山が起伏を伴って続いている。低くなるとは言え、尾根を隔てる谷は深く、森は大きい。近畿では珍しく秘境の地であると言える。その行者還岳への尾根越しの向こうに、大きな山が雲を被っていて、大きな崩れた沢が二本、縦に並んでいた。山頂を隠しているこの山が、次の目的の弥山であった。次回にお目にかかりましょう。

 気持ちの良い尾根道も、谷には霧が沸きあがり、天気は悪化の方向にあった。急ぎ足で進む。弥勒岳・内侍落し・薩摩転び・稚児泊りまで休みなし。13時半レスト。登り返して国見岳・七曜岳を通過。苔むした大台ケ原のようなところや、風の通り道で綺麗に掃き清められたような場所など。とにかくアップダウンが激しい。1420分レスト。行者還は未だ遠い。鞍部にワンゲル隊の遭難ケルン碑があり、説明文を読む。若い二回生は疲労困憊で亡くなったとのこと、避難小屋も近いというのにどうしたことだろうか。さて、霧で煙っており姿を見せない行者還岳への分岐点を見送り、行者還岳ピークの東側を回りこんで急な桟道を下る。夕方のような暗さとなる。降り切った所に大岩があり裂け目があって、そこに祈祷のためのお札が祀ってあった。日没寸前のような暗さが幸いし、神仏の霊場と厳かな参詣道として、信仰心の無い身にあっても霊気にうたれるのであった。その直ぐ先に行者還の宿(避難小屋)があった。1525分。立派な切妻屋根のまだ新しい建物だった。ゆっくりと休むつもりが、雨が降り出し雨具をあたふたと着る。内部を覗く間もなく出発。悲しいことに雨の行進となってしまった。小笹の生える道・クガイソウ(枯れ花)の群落道を、遠くでゴロゴロと鳴る雷を聞きながら歩く。かなり強い雨だ。周りは何も見えない。途中倒木の多いところを通過、やっと先頭に追いつく。一のタワの避難小屋前だった。1640分。

 ここで当初のトンネル西口へ降りる計画を変更し、トンネル東口へ降りることとなる。バス運転手と打ち合わせ済とのこと。時間不足と西口への下山路が台風で荒れているからとのことであった。一のタワを過ぎてすぐ左折し樹林帯の中を急降下する。ジグザグの道は濡れ落ち葉で滑りやすい。先日の台風のせいか大木が倒れていたが、いち早く片付けた跡をみる。雨の中、まるで敗残兵の如く転がりつつ下るのであった。薄暗くなり、足元が見難くなる。時間との勝負だ。懐中電灯は用意しており、そのうちに取り出そうと思っていると、やや傾斜が緩くなり、指導標に出会う。指示に従って左のトラバース道をとる。あと15分とあった。

 トンネル東口にバスは待ち受けており、大分待たせたようだった。最後尾だったので、急ぎスパッツ・雨具をとり、ストックを片付けバスに乗り込む。17時半。下着と腰周りが雨と汗でグッショリと濡れていた。疲れきった顔が腰をおろし、残り物のおやつを食べ始めると、歩きとおした充実感・満足感のある顔に昇化していった。ハードな一日であったが、これぞ奥駈け道の真髄であったと感慨深い。バスの外は真っ暗で激しい雨降りであった。 新井 浩記す。



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写真説明 (1)和佐又を立つ (2)笙ノ窟  (3)梯子場を登る (4)国見岳の靡き (5)行者還岳へ
撮影  浦上芳啓、中島隆、芳村嘉一郎


【期 日】 2004年9月25 日(土) 
【参 加】 L森沢義信、阿部和行、新井 浩、新本政子、内田晶子、浦上芳啓、柏木宏信、久保和恵、田中祥介、戸島泰三郎、中島 隆、中谷絹子、宗實慶子、宗實二郎、森沢義信、芳村嘉一郎
(会員外)井関祥浩、岩崎しのぶ、柏木純子、川嶋真生、木村裕次、古賀野正空、竹市信一郎、前田孝夫、芳村和子 (計25名)
【コースタイム】和佐又09:30…笙ノ窟10:20〜10:40…石ノ鼻11:00…大普賢岳(昼食)11:55〜12:35… 稚児泊13:35〜13:40…七曜岳14:05 …行者還宿15:25〜15:35…一の垰16:35…行者還トンネル東口17:50