韓国の花崗岩の渓谷に魅力を感じて、韓国通いを続けている。加智山 (1240m) は釜山打北に連なる嶺南アルプスの盟主というべき山であるが、4年前に一度北麓の雲門寺まで行ったことがある。その時は入山ゲートで入山を断られた。私の拙い韓国語では理由がよく分からなかったがどうも自然休養年に引っ掛ったらしい。二年後なら良いみたいな事を言っていた。そんなこともあつて、行きたいと、いう思いが募っていた。
関西支部の清瀬祐司氏をお誘いしたところ快諾をいただき、ご・夫妻で参加いただけることになった。
まず、4月末に東京の二名と清瀬夫妻が先行して釜山へ出発。5月1日に名古屋から三名、大阪から六名、博多からは高速船で八代の仲間が二名、それぞれ、に出発して、総勢十五名がロッテホテルの裏にある安ホテルに無事集合した。
5月2日朝、地下鉄で総合バスターミナルに行くと、白タクに声を掛けられた。バンに乗れば全員一度に行けそうだ。もともとは東麓の彦陽の町までバスで行き、そこからタクシーに分乗して行くつもりだったのだが、それより予定より安くなるし乗換の手間も省けるので白タクのバンを利用することにした。
彦陽までは高速道路を走り、そこから西に向きを変えて東麓の石南寺に至る。釜山からは70キロ位の距離である。
この寺は新羅時代に創建された尼寺で、車を待たせて一時間観光してから、峠を越えて加智山南西の裾の南明里の村に入った。この村は見渡す限りリンゴ園が広がっていた。すぐに民宿が見つかつたのでそこをベースにすることにした。
昼食後、加智山北面のクン谷を目指す別働隊の六名を見送った。南明里から標高差400mの
アレッチエ峠を越えて、クン谷へ下り、途中でビバークして翌日加智山の山頂で、本隊と集中する予定である。
一方、残った本隊九名は村の奥にあるオルン谷 (水谷) 探勝に出かけた。この谷にはクヨン瀑布という有名な滝がある。出合発13時半。渓谷はいきなり幅50m、長さ数100mの滑床で、さっそく道から谷へ下り潮行開始した。滑床の奥にクヨン瀑布15mが懸かっていた。一枚岩を白布となった水が碧緑の釜に流れ込む姿は美しい。道を使って巻き、上流に向かう。次々に滑滝が現れる。14時、石南寺から南明里へ向かう山越えの国道が横切る。
さらに上流を目指すと二股になり左股へ入る。気持ちの良い滑滝が続く。突然、大きな見上げるような滝が現れた。ペギョン瀑布である。私は30mと見たが、翌日この滝をザイルで下降した別働隊の話では70mあった由。右岸の踏跡を辿って滝を超えると上はまた滑滝が続く。左岸に妙香庵という小さな庵のある所で右岸から長い滑のクリョン瀑布が出合う。そこで遡行を終了した。15時15分。庵から谷の左岸沿いの道を下って出合に下った。標高差300m、困難な箇所はないが、素晴しい花崗岩の滑滝の谷で、韓国を代表する谷の一つであるのは間違いないだろう。
2日の夕方から降り出した雨は大雨というに相応しい。谷で泊まっている別働隊は谷のベテラン揃いとはいえ苦労しているであろうか。そんな思いもふと湧いた。3日の朝、予定を一時間早めて7時に出発した。加智山へ向かう我々を民宿のオーナー夫婦が心配そうに見送ってくれた。盛んに天気が悪くて上は寒いのでやめとけと言ってるようだった。峠までは前日別働隊が辿った道を登った。峠着8時30分。峠からしばらく急な尾根道を登る。淡いピンクのツツジが美しい。また鈴蘭も多く生えていて季節には可憐な白い花の絨毯になるのであろうか。惜しくもガスで視界はゼロ。横殴りの雨の中を登り、頂上手前の林の中で休憩していると、人声がしてヘルメットを被った人達が頂上から降りてくるではないか。なんと北面のクン谷を登って来た別働隊であつた。このような状況下で頂上で合流できたのは奇跡としか思えなかった。別働隊も雨で出発を早めたことと、期待に反して谷に悪揚が無かったため早めに頂上に達してしまったのだ。本隊もまた雨を危惧して早めに出発したのが幸いしたのだった。
頂上着10時40分。頂上直下の小屋で昼食を摂り11時40分に下山した。小屋は週末には売店になるようだが、週日なので誰も人がおらず、鍵も掛けてなかったので、風雨を避けて中に入らせていただいた。本隊は南明里への最短コースを下り、別働隊は昨日本隊が登った氷谷を下降した。民宿着13時半。女将さんが服が濡れてるだろうと心配そうだったが、私たちが素早く着替えるのを見てやっと安心したようだ。
女将さんは採ってきた芹を分別していた。芹ともやしの炒め物を頼んで、たちまち宴会モードになった。やがて別働隊も民宿に帰ってきたので、バスで密陽市に移動し、バスターミナル近くのホテルに泊まった。
4日、本当はバスで釜山に戻るのが最短であるが、韓国初めてのメンバーもいるので列車で釜山に戻ることにした。密陽市は釜山と大邱市の間にあって急行列車なら一時間足らずの距離
であるが、洛東江に沿ってゆったりと走る鉄道の旅も捨てがたい。15名の座席指定を取るために駅で1時間半も待たされたが。
翌5日、釜山で解散し、各自帰国した。
【参 加】 清瀬祐司、 清瀬真智子、茂木完治、 その他海外遡行同人12名
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