尾  鷲  道 

田村 義彦



 今や定番と化した“マイカー登山”の風潮のせいですか、2年くらい前から、大台山上駐車場に車を置いて、尾鷲道の中間地点にある1410m峰【註】まで往復(7時間)するか、あるいは海山町の橡山林道に車を置いて、やはり1410m峰まで往復(8時間)するか、長い尾鷲道の半分を南北から日帰りで登るようになっているようであります。しかし、裾野の長さを特徴とする大台ヶ原で“効率”を求めるマイカー登山は何となく寂しい思いがします。

 また、古文書を読んでいるうちに、野呂介石ら先人や里人が吉野からではなく紀州から大台ヶ原に入ったのは何故かという疑問を抱き、そのためにも尾鷲道を歩かなければと思い立ち、久し振りに三度目の古道を北から南まで通しで歩いてみました。会員諸賢のご参考になればと駄文を綴ります。

 大台特有の雨の中でシャクナゲがほころび始めていました。山上一帯では今年は蕾の着きが悪いようですが、堂倉山から1410m峰まで続くシャクナゲのトンネルはそれは見事でした。巨大な倒木に生えた天然のしいたけを少し頂戴しました。自家栽培もしていますが、気品のある香りと味は比ぶべくもありません。

 しかし、その原生的自然も1410m峰以南の吉野側は皆伐後20年くらいの二次林に変わります。以前、木組谷の下降で、植林後のイバラで着衣をやぶられ難儀しましたが、今は背丈を没するくらいに育っていました。

 白崩谷源流部を巻いて行く道は当然のことながら7ヶ所ほど山抜けしていました。今のところトラバースに問題はありませんが、大雨の度に大きくなるでしょう。何故か、すぐ流されそうな5mくらいの橋が一つありました。

 稜線を南北に走る尾鷲道は、進む方向を錯覚して逆行したり、支尾根に迷い込み易いことはよく知られていますが、地図とコンパスによる方向の確認を繰返す必要があります。二度支尾根に下りそうになり引き返しました。

 1419m峰以南には地元の有志が数箇所道標を建てていますが、表記と方向が適切でないためにかえって混乱させられました。テープは例によって入り混じっていますので判断は慎重を要します。

 ・1410m峰は三角点のところと、少し北のピークの両方に「コブシ嶺(峰)」の標識があります。

・その三角点から木組峠に向かう道は、道標は南を指していますが、ルートは地図上では45度南西方向、感覚的にはほぼ90度西に曲がります。。

 ・又口辻も2ヶ所に道標がありますが北にあるのが正しいと思います。

・木組峠から南へのルートは国土地理院の地図ではしばらく稜線上を通っていますが、実際は峠からすぐ東側を巻いています。そのためか、新木組峠を確認できないまま新明水に出ました。百年の時を経た苔むした石積みが残る幽玄の古道です。適当にスズタケが刈られていて、覚悟していた藪こぎの必要はありませんでした。

雨のなかをゆっくり歩いて、大台山上駐車場から橡山林道まで8時間、あとは橡山林道を海山町まで歩いて4時間、車で1時間です。「尾鷲道12時間」は昔も今もかわりません。大峰の白川又林道は昨年落石による死亡事故で現在閉鎖されていますが、橡山林道の水無峠より上部は白川又以上に酷い林道で落石に埋まっています。

 1970年頃まで、木組峠から不動谷に降りた道と又口辻から古和谷に降りた古い尾鷲道は共に今は廃道です。また、最初の尾鷲道の柳ノ谷に下る道も分岐からみる限り、猛烈なスズタケに閉ざされていました。環境省が、鹿が枯らしたと強弁するスズタケは標高1200m以下では元気に繁茂しています。ある山岳会がそのスズタケの中でルートを失い、藪こぎに疲れ雨の中でビバークした苦闘の記録がネットで読めます。

【註】 コブシ嶺?
 1410m峰はいつ、どういう理由で「コブシ嶺(峰)」と命名されたのでしょうか。国土地理院は採用していません。1973年に米田信雄氏から贈られた日地出版の地図にこの名はありません。1975年の第30回国体の正式地図では光山になっています。(ちなみに、このピークを水源にする谷を光谷と呼びます。最近の登山地図では木組峠の東にある1184m峰が光山になっているそうです。)煩雑になるのでこれ以上詳しくは書きませんが、概して言えば古い地図には官民を問わず、尾鷲道の地名は木組峠だけでコブシ嶺の記載は全くありません。

 ところが、よく知られている松浦武四郎の『乙酉掌記』の「大臺原山上指掌圖」には「マブシ嶺」の文字があり、この「マ」「コ」と読み間違えたのではないかという方(三重県海山町 塩崎善一氏)がいます。まさか誤読による命名ではお粗末すぎて洒落にもなりません。ところが、筏場道にゲンコツ峠がありましたが、最近の登山地図ではコブシ峠に改名されているそうです。コブシは花が咲く木のことかとばかり思っていましたが、「握りこぶし」の「こぶし」なのかもしれません。もっとも大台ヶ原には花が咲くコブシはありません。

 今更、言うまでもなく地名は歴史的文化遺産です。勿論、言葉・地名の変遷はよくあることで不可避かもしれませんが、いかに登山が観光に堕したとはいえ、根拠の曖昧ないかがわしい命名が跋扈する現象に違和感を禁じ得ないのは老齢にせいでしょうか。ヒマができたら、各種登山地図の執筆者に“コブシ嶺”記載の根拠を質すのも面白いかと思ったりしています。

 実は白状すれば、1986年に、ある出版社の大台・大杉の登山地図の間違いを5項目指摘して訂正を申し入れたことがありました。高名な執筆者は関係者を集めて検討した結果、指摘した5項目すべての間違いを認め、出版社に訂正を求めました。出版社は印刷直後の7000部を破棄して改訂版をつくりました。

 それから20年近く経ちます。最近の登山者はあまり地図を読まないそうですから、今更目くじらを立てることもないのかもしれません。

 
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