境谷川)地形図1/50000剣山
吉野川流域の沢の踏査を志して二発目の谷である。昨日の葛籠谷の一本下流隣の谷である。地形図では出合からいきなりコンター200mを一気に上がりおもしろそうだった。昨日かなり消耗して身体の節々が痛い。出発もつい遅くなった。大平への道の西の浦の水平道が分岐する所の広い駐車スペースに車を置き、水平道へ入り、奥の集落の端からいよいよ川瀬への古い水平道になる。道はあまり使われていないのか、荒れている。
境谷川にはコンクリート橋が掛かっていた。いきなり立派な釜の噴出滝3mが水を吹いている。谷は葛籠谷よりも大きく水量も多い。続く斜5mを越えると立派な釜の5m、CS8mの2段滝がゴルジュに懸かっていた。手が出ず左岸より巻く。さらにCS8m、CS10mを越えると見上げるように次々と滝が続き感嘆の声をあげてしまった。10mを左岸から巻き、6mを直登してテラスに立つと目の前に2段20mだ。上段は3条になっているが、真ん中がおもしろい。大岩が流れを二分しているのだが、その岩の真ん中に割れ目があってそこから水が噴出して滝となっているのだ。右岸の藪から巻くとすぐに斜10m、斜15mの2段の滝である。右岸から巻いて滝上で昼食にした。
12mを左岸から巻き、ゴーロで塞がれた奥にある10mを右岸から巻くと谷はゴーロが詰まって多段の岩間滝になるゴルジュになっていた。左岸の植林に入るとそこに石垣があり、よく踏まれた

四国分水嶺の谷(その1)吉野川・穴吹川・葛籠谷と境谷川
【期日】2009(H21).2.28〜3.1
【メンバー】茂木完治、他2
【記録】
(葛籠谷)地形図1/50000剣山
境谷川の連瀑最後の滝
杣道があった。道を辿ってゴルジュの上に出ると、そこからは谷は平坦となっていた。奥に滑滝が見える所で打ち切った。道を辿って下山すると梅林があり、梅の花がすばらしくきれいであった。じきに大平集落の松尾神社に着いた。そこから車まですぐだった。大阪と徳島は高速が高いが距離は近いということを今回実感した。四国の谷の素晴らしさにも触れることができて今回は幸せな沢登りであった。
〔タイム〕車10:00−出合10:30−CS8m上11:15−昼食12:30〜12:50−打切13:15−松尾神社13:50−車14:10
昨年秋まで続いた四国分水嶺の縦走にとても興味があったが、日取りが合わず最後の鳴門へ下る山だけ参加できた。その時に見た吉野川の大きな流れに触発されて吉野川流域の谷の踏査を志した。今までに四国で登った谷は吉野川、那賀川、物部川、赤石山脈などで10本に満たない。地図を改めて眺めてみれば四国の谷は素晴らしそうなのがたくさんある。吉野川などと言わずに分水嶺の谷を選ぶほうがより豊かな谷を選べそうだった。さて、何本の谷に登れるか。少なくとも100本の谷に登ってみたい。


大平村の梅林
葛籠谷のゴルジュ
前夜10時半に大阪を発ち、徳島道のSAで仮眠して脇町ICで高速を下りて穴吹町から国道492号を穴吹川に沿って走った。穴吹川の景観の素晴らしさに一時車を止めて見惚れたりもした。穴吹川はなかなかの渓谷である。
28日、橋を渡り川瀬集落への道のヘアピンに曲がる所の駐車スペースに車を置いてそこから谷奥への道を辿って出発した。葛籠谷の出合に向かって伸びる尾根を下って葛籠谷に降り立つ。そこは釜のある斜5m滝の下で、下流には8mほどの滝が見え、その下で谷が曲がっているので見えないが穴吹川本流があるのであろう。この谷は深く薄暗く苔むした感じであった。
さっそく溯行を開始する。10mほどの顕著な滝、杉林の中の斜6mを越えると右岸から10mの滝で支流が出合う。
すると本格的なゴルジュが出現した。狭い所は巾1mもない。夏なら水に入れるが、さすがに躊躇う。右岸より巻くが一枚岩の上に泥が乗った状態でかなり悪い。しかし獣道があるので、泥を除けてホールドを出し、獣道を忠実に辿って小さく巻くことができた。ゴルジュの奥の6m滝の上に降り、続く3m、5m滝を越すとゴルジュも終わった。右岸から支流が入る。大岩が谷の真ん中に鎮座する前で昼食とした。ここから谷は荒れ気味のゴーロ帯となり、岩の登り下りで消耗する。ようやくゴーロ帯を抜けて谷が広がると左に石垣があり廃屋があった。
二俣になり、まっすぐは右俣というべき大支流。左へ曲がって行くのが本流。左の本流へ行く。谷に沿って立派な石垣が現れその上には2軒目の廃屋があった。廃屋というのはなんとも寂しいもので、一種の妖気も漂わせている。すぐに奥の二俣で中俣と左俣に分かれている。本流の中俣へ突っ込む。谷は傾斜を増し、滝が次々に現れる。最後に20mの直登不能の滝が現れた。これは左岸から大きく巻き、藪を伝ってうまく滝のすぐ上に下れた。すぐ5m滝がある。この上は谷も水はほとんど無く、平凡なので打ち切ることにした。左の植林を登るとまた石垣が現れ畑の跡である。ずいぶん奥まで人が暮らしていたのだ。感動の混じった驚きを感じざるを得ない。苦労して畑を開墾し、そこに暮らし、やがてそれらを捨てざるを得なかった人の思いはどんなであったろうか。地図に稜線のホトケノタオから下ってくる道があるはずだがわからず、藪を下ると本流の奥の二俣の上の連瀑帯の下に出た。
先ほどの廃屋に戻り、そこから下流へ続く道をたどりる。八幡神社というのがあり、これから下は道もしっかりした。じきに車に戻ることができた。
〔タイム〕車発8:30−谷に下る9:00−10m滝上9:35−本格的ゴルジュの下10:04−ゴルジュの上11:00−二俣12:36−奥の二俣12:57−20m滝下13:30−滝上14:00−谷に戻る15:25−廃屋15:38− 八幡神社15:46−車着16:08