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9月2日 福岡空港出発−上海
3日に成都−ラサに着く、標高3650mで富士山項とほぼ同じの為、高山病の症状が出る、5日迄、共同装備等の点検の間に市内散策、バザール、大昭寺で五体投地初めて見る、ダライラマのポカラ宮やラサ博物館を観光し高度順化に努める。ヒマラヤホテル、泊
6日 トラック1、ランドクルウザー3台で(ラサ=羊八井=曾果=ニンチェンタングラ山脈の南西の山麓(標高4500m)にBC建設、女性隊員体調悪化病院入院
7〜8日の二日間、C1テント場探しに二手に別れて登る、珍しい高山植物多し、ポピイ(青いケシ)等、見るがやや夏の盛りが過ぎた感じ、5300m往復、二人用テントは両側に入り口あり8センチの厚みのマットは快適だった。
9日 下見の結果モレーンを見下ろす尾根の末端の台地と決まる、5300m地点で積雪30センチ(5000mより積雪あり)ヤク8頭ウマ8頭で荷揚げ 三人用1、二人用3設営、荷物と共に初めて馬乗り登るが非常に疲れる、おまけに夜は20位迄温度が下り寒くて眠りにくかった。
10日 9時発モレーンの中から延びる岩尾根に取り付く、幾つかの岩のピークはアイザレンして双子峰直下の雪の大斜面に出る
高山病に苦しみながら頂上へ、右のピークのほうが少し高い、17:00記念写真後、下山、尾根半ぱ迄帰り右のモーレンの谷へのルンゼを下る、約40度、浮石多く谷の雪をかぶったモレーンの上は歩きにくい、末端の氷河池に出てC1へ帰る、22時
11日 予定していたピーク(6100m)は氷河の先とわかりヤク馬を呼び、Cl撤収、BCへ帰る、隊員のl人が夜になっても下山せず、大騒ぎとなる。
12日 高山病と日焼けの為、目がかすんでよく見えず村人の応援を交えてClまでの斜面を捜査。14:00頃、東の谷で見つかったとの無線が入いりほっとした、登山本番より疲れた、BC下山 17:00
眠れず
13日その結果、もう一つの山の登項をあきらめBC撤収 ラサに戻る、
15日 ホテルにて、登山用具の整理、収納を行う、最後の夜はチベット料理を楽しむ、
15日 ナムツオー(4590m)にある湖(琵琶湖の3倍の面積ありチッベト一の湖で吹
雪の5100mの峠を越える、湖は6000m級の山々に囲まれた秘境)を見学
16日 ラサより成都へ飛び三国志 杜甫の遣跡等、見学
17日、成都−上海−福岡空港
「中高年未踏峰登山隊」1996年に大分市の登山用具店、伊東亨氏が、在職中や山岳会での後輩の育成等で未踏峰に登る機会に恵まれなかった人達の為に結成、参加資格は男性は50歳以上、女性は年齢制限なし、未踏峰登項の機会を提供、昨年までの成果は9峰、参加者49名(重複含む)うち34名、約7割が登項している。最高年齢者は73歳、10時間以上歩けて冬山の経験があれぱ参加できます。
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