7月19日午前11時30分、私のもとに次のような1通のメールが届きました。
【「7月18日正午過ぎ、C2上部ルート工作中の竹内洋岳氏を含む4名が雪崩で遭難。2名が行方不明、残り2名はC2にレスキューされたが1名は死亡、1名は重傷。その重傷の1名が竹内氏の模様。吐血し、夜中に大声を上げて苦しがっている。竹内氏は酸素吸入をし、ヘリコプターのレスキューを頼んで昨日2回飛んだが、岩峰が近く近づけないもよう。現在、容態、生死は不明他、リーダークラスが遭難にあって連絡系統が乱れており、情報は、7月19日11時、事務局の古野が片山右京隊の宇佐美氏と連結をとって入手したもの。宇佐美氏がBCから上部を目視して雪崩を確認している。片山隊のシェルパがレスキューにあたっている。現在これ以上の情報は入手できていない。」】というものでした。このメールがガッシャブルムU峰登頂を目指し行動していた登山隊の、7月18日の雪崩による遭難事故を伝える第一報となりました。発信者は「14PROJECT(テンフォープロジェクト」事務局の古野淳氏(JAC理事)です。
「14PROJECT」とは現在まで日本人では未達成(世界ではラインホルト・メスナーを皮切りに17人が達成している)の8000m峰14座登頂を支援していこうというものです。また、あわせて時代を担うクライマーの育成を目的として設立され、私もその手伝いをしています。
3月8日には東京都内で「8000m峰14座計画報告・記者会見と壮行会」を行い、竹内洋岳をネパールに送り出しました(会報『山』3月(742)号参照)。
竹内洋岳(たけうち・ひろたか)は1971年、東京都生まれ。高校時代に登山をおぼえ、立正大学では山岳部に入部、国内の多くの山々に登っています。21歳でヒマラヤデビューし、95年、未踏の″マカルー東稜″登山隊に参加して登項に成功。96年の”エベレスト″、"K2"連続登頂は国内外の注目を集めました。彼は「High
Altitude Marthon(通称HAM)」(超高所耐久登山)の登山スタイルで知られる若手クライマーです。これは装備の軽量化などで登山スピードのアップをはかり、少人数でいっきに頂上に登るアルパインスタイルをとりながら、一時期に複数の頂上を狙う新しい登山形態です。高所に強く、先頭に立ってルート工作に励むパワフルな行動から、海外では 「マシン」あるいは (小松製作所の重機に例えて)「コマツ」の異名をとっています。 その竹内は5月19日、9座日の〃マナスル″を北東面通常ルートより登頂に成功しました。その後一旦帰国しましたがすぐにパキスタン入りをし、シーズン中に″ガッシャブルムV″と″ブロードピーク″を登頂する予定でした。
今夏の″カラコルム″は天気が悪く、17日までは降雪も多かったようです。しかしそんな中、18日、C2に集結していた各国の登山隊は行動を開始し、その直後の雪崩事故だったようです。この事故を聞き私の脳裏をよぎったのは、91年のナムチャバルワの雪崩事故でした。あの事故で、将来を担うであろう有能な大西宏隊員を失いました。今回、幸いにして竹内は近くにいた各国登山隊の隊員の献身的な努力によって救出されました。刻々とメールで伝わる現場の状況に一喜一憂しながら、同時に昨今の通信機器の発達には驚かされました。
19日、日本時間14時10分頃、竹内本人よりClから衛星携帯電話で連絡がありました。「全身打撲で動けないが元気です」。その後も本人との電話連絡は可能で、スカルドからイスラマバードヘ移送、イスラマバードから日本への搬送には、日本国内・南極越冬基地・パキスタンをメールが駆け巡りました。結果、医師や関係者の種々のアドバイスや援助を受け、手配をすることができました。竹内は30日、成田に到着し、東京の病院に入院しました。そして、肋骨5本と腰椎3番の破裂骨折の手術も無事終わり、8月28日に退院、現存は復帰を目指してリハビリ中です。 8月8日、竹内が病院で苦闘していた時を同じくして、都内で 「高所登山における突然死を考える」シンポジウム(詳細は山岳に掲載予定)が都内で開催されました(会報『山』9月(748)・10月(749)号参照)。今春、アドベンチャー・ガイズ隊=商業公募登山隊に参加した石井伸二(63)さんがエベレストの頂上からの帰途、8650m地点で突然座り込み亡くなるという事故が起こりました。同隊では、2004年にも太田祥子(63)さんが同じように頂上からの下山中にセカンドステップ下で遭難死しています。この2つの事故は、いずれも「突然死」と言われています。では、「突然死」とはいったい何でしょうか。
当時の遭難者の健康状態、体力、事故当時の様子、登山経験のすべてが明らかになっていないために推測は困難ですが、どこに原因があるのかを探ろうというのが今回のシンポジウムの目的でした。「商業公募隊の功罪」=古野淳、「今回の事故の経緯を振り返って」=大蔵喜福、「エベレスト公募登山の問題点=池田常道、「なぜ70歳の人でもエベレストに登頂できるのか?運動生理学の立場から見たAG戦術の合理性と問題点」=山本正嘉、「山で突然死なんてホント?」=増山茂、「なぜエベレストでヒトは突然死ぬのか=昨年の登頂経験からみた大蔵戦術」=上小牧憲寛などが発言しました。
私もパネラーの1人として「オーソドックスな戦術の経験者からみた大蔵戦術」について述べました。商業公募登山の参加者は中高齢者が多く、耐久力が劣っているという現実があるので、登山は短期決戦で実施されます。問題点は順応の不足を酸素で補っているのではないかという視点から、@休養日が少ないA高所ではガイドもクライアントも極限状態であるB商業公募登山隊の隊員は運賃を払って電車に乗ったお客さんと同様で、運行中の全ての判断は運転者たるガイドに委ねられているということから、高所で実施される商業公募登山における 「ガイドの能力と責任」について言及しました。
この2つの事故を同一に考えることはできません。しかし、自然の脅威は老若男女に同じインパクトを与えることを考えると、登山者自身が本人の能力を正確に把握し、自己管理のできる範囲内で行動することが安全登山に繋がるのではないかと考えます。 (支部報129号巻頭言)
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