チャレンジ4000

−安全で快連な登山を目指して−


重廣恒夫

  これまで、会社員としては恵まれた環境でヒマラヤや国内登山にいそしんできましたが、平成16年、マイスターを拝命しました。それまでの仕事から勤怠管理と経費管理という管理業務からは開放されることになり、時間的にも融通がきくようになりました。その分、社会的な貢献を考えるようにしました。そこで、16年春から東京・大阪を中心に「トレッキング教室」を開催しています。関東では百貨店のお客様を中心に、関西では登山専門店のお客様でいずれも初心者を対象としたトレッキング教室です。トレッキング教室の開催を思いついたのは、ここ10年日本各地の山登りで垣間見た登山者の変わりようでした。
 本来登山は、山登りに必要な体力や技術、知識を身につけ、常に新しい目標やテーマを自分自身で設定して、高みへのステップをゆっくりと歩むものでした。
ところが昨今、ヒマラヤの高峰登山に使用される素材や機能が一般登山用のウェアや用品にも採用され、軽くコンパクトな商品として提供されており、手軽に手に入るようになりました。さらに、ツアー登山やガイド登山が盛んになってきました。しかしいっこうに減らないのが山での遭難事故です。その理由はいろいろあるかと思いますが、計画の作成や現場での判断が多くの場合、リーダーや引率者といった他人任せというところにあるのではないかと思います。なぜ、このような状況になったのでしょうか。

戦後の社会生活と登山
 国内では、昭和30年前後には国民所得が戦前を上回る水準に達し「三種の神器」に代表される「消費革命」の幕開けがありました。それは、経済白書の「もはや戦後ではない」という語句に集約されています。大量生産方式・月賦販売により「三種の 神器」をはじめとする耐久消費財が急速に普及し、結果として家事労働の低減化による女性の社会進出を促しました。終身雇用、年功序列といった安定的な労使閑係を基調とした日本型の雇用慣行は「会社人間」「企業戦士」「猛烈社員」と形容される勤勉なサラリーマン層を生み出しました。女性の社会進出が進むのは高度成長終焉後の70年代後半からですが、高学歴化・核家族化で「マイホーム」での女性の発言権は拡大しました。成長の夢は子供達に託され、高校・大学進学率が驚異的に伸び、偏差値や予備校・塾が登場しました。いわゆるアウトソーシングの始まりです。「鍵っ子」という言葉が生まれたのもこの頃で、とりわけ電話とテレビの急速な普及がコミュニケーションのあり方を大きく変えていきます。
 登山に関連した動きでは30年代、社会人山岳会が大学山岳部に変わり、バリエーションルートに次々と挑戦、同時にスキーブームが勃発、「3人寄れば山岳会」という言葉が生まれたのもこの頃です。所得倍増計画・海外渡航自由化やマイカーブームなどがレジャーブームを牽引しました。40年代はバブル経済実っ盛りで、オートキャンプブーム到来、海外旅行が1000万人を超えました。同じ頃、ヒマラヤ登山も全盛期を迎え、私の参加したヒマラヤ登山はピークの時代でした。平成に入るとバブル経済崩壊、この頃から生活に根ぎしたエコロジーがブームになり、中高年登山者が増加をしてきます。有名山登山はもとより、アルプスやヒマラヤトレッキングなどのツアー登山やトレッキングが盛んになり、ヒマラヤの高峰の公募ツアー登山も台頭しはじめました。登山の世界にも「アウトソーシング」が浸透しはじめたのです。
 ご存知のように、昨今の中高年登山ブームを牽引しているのは女性です。恐らくその素地は「女性の社会進出」にあると考えています。電化製品の進化、スーパーマーケットでの買い物というライフスタイルの変化と、ファミリーレストランやコンビニエンスストアの広がりは、女性が働くことによって得た、「誰にも制約されない時間と自分で差配できるお金」がそれを後押しします。しかし、日常生活の中で極端に少なくなった自力歩行と空調という快適空間の中での生活がもたらした体力の減退は顕著です。体力と知識の不足は、使い勝手の良い装備やウェアの購入と「連れていってもらう」という安易な選択肢となり、安全をお金で保障する時代へと様変わりしていきます。さらに安全登山のために、「悪天が予想される場合は山に行かない」という誤った風潮となって現在に到っています。しかし相変わらず減らないのが、「遣に迷った」「転倒・転落」という初歩的な山岳遭難事故です。その、根本的な理由は「自然と対峙する心構えの欠如」にあると考えます。
 また高山植物だけでなく、農村地にある山菜まで持ち帰るという常識の欠如も大きな問題となつています。

チャレンジ4000の目指すもの
 体力不足と知識不足がもたらした、登山活動による環境破壊(著名山岳に一極集中することによる過剰利用で引き起こされる自然の回復不能化)、登山道の荒廃による自然破壊(登山道のオーバーユースと登山者が訪れないことによるコースの荒廃)、高山植物や山菜の盗掘(自家用車便用の拡大も作用)をどうしたら少なくすることができるか、その具現化のために考えたのが「チャレンジ4000」です。日本山岳会は創立100周年を記念して、「新日本山岳誌」を編纂しました。北は択捉・国後などの北方四島の山から、南は西表・石垣などの南西諸島の山々まで、日本全国の約4000山を網羅されています。各地の無名の山々まで網羅されていることなどから、この4000山を登ることを目標としました。人数の多い団塊世代の余命20年として、20年かけて4000山を登りませんかという発信です。このイベントは、より多くの山を紹介することにより、登山者の分散化による自然環境へのダメージの低減と、身近な山から一歩一歩経験を積み重ねることによって登山者の全般的なレベルアップを図り、初歩的な原因による山岳遭難事故の防止をはかるものです。「チャレンジ4000」では土・日を利用して日本各地の山を地元の方々と登っています。今のところどんなに頑張っても年間100山ほどですが、退職をすればその数字も延ばすことができるだろうと鷹揚に構えています。ウイークデーにおこなうトレッキング教室では、日常生活とは異なる「自然」という環境下で安全に行動するためにどのような知識や技術が必要かを体験し、安全で快適な登山に対する認識の向上と普及を図るもので、こま切れではなく月1回、年間12回の参加を原則とし、四季を通じた全天候登山(ただし警報が出た場合は中止) で、行動中の地図の読み方やコンパスの使い方の実地指導を通して、現在地の把握、ルートの確認、道迷いの防止というナビゲーションの初歩的な技術をレクチャーしています。
 古来、日本人は山を敬い、山に親しみ、山を愛し、山の楽しさを味わい、また時には山の恐ろしさに打ちのめされながらもひたすら登り続けてきました。そんな営みを安全にいつまでも続けたいものです。