レリーフ建設と藤木祭について


森川 列

藤木氏はRCCの設立、岩場の開拓をはじめ、岩登り技術の基礎づくりをされ、多くの登山家を育てられました。又、ロックガーデンの名付け親でもあります。

大きな功績と人柄を慕い、レリーフを建設しようと、昭和36年頃、当時日本山岳会関西支部長、兵庫県山岳連盟元会長であった津村周二らが中心となって、レリーフ建設の寄付金が集められました。約400名の方々から67万円の寄付金があつめられました。レリーフの制作は日本山岳会会員で彫刻家の佐藤久一郎氏にお願いしました。

昭和38年5月12日に藤木先生を初め、ご家族、岳人ら約200人が集まり、盛大に除幕式が行われました。

挨拶として旧友である詩人の富田砕花先生から「人は山に登り、神はそのいただきに降る、そこで人間と神々との握手がなされている。藤木さんは、そのような頂きに登るために努力した人であり彼は家族の人々からも、うちの親父は死ぬまで夢を見ることを忘れなかった人であったといわれるであろう」と、お祝いの言葉があった。藤木さんは持ち前の謙虚な態度で、はにかみながら (愛用のベレー帽を指でくるくると何回となく回しながら) 感極まって涙さえ流しながら感謝の言葉につづき「レリーフを造っていただくような大それた事はしていない、単に登山界黎明期の先進を務めたに過ぎないのです」と答えられた。さらに「R.C.Cはもう解散したのだから、第何次R.C.Cなどとはそんなものは考えられないし、もういいじゃないかと話したことがあった」と力強く一気に語られたことは、参集した岳人の胸に強く焼き付けられたことであった。

除幕式の後、芦屋川右岸にあります仏教会館で座談会が開かれました。その後、25年間、そのままほっとらかしておりましたが、廻りの草木も覆いかぶさってきましたので、レリーフの清掃もかねて整備しました。今日も来ておられましたが、浅野清彦さんらのお呼び掛けで清掃を機に藤木祭を開催してはと話しが持ち上がり平成元年に第1回が開催されました。藤木祭の開催趣旨は関西の山仲間が年一回レリーフの前に集まり、旧交を暖め藤木先生をはじめ岳友を偲び、登山の発展と安全を祈る場としたものです。以来、今年で16年を迎えました。毎回、藤木先生の思いで話しを、先生と関係のあった方々にお話しいただきました。

第1回は日本山岳会今西寿雄会長、山村康六芦屋市長にも来ていただきました。その時はご子息の高嶺さんに父の思いでを語っていただきました。第2回上田安子さん。第3回大西雄一さん、第4回永楽孝一さん、第5回湯浅道男さん、第6回元エーデルワイス会長小林静子 (旧姓長谷川) さん、第7回棚田真輔さん、第8回片山英一さん、第9回浅野清彦さん、第10回大
賀壽二さん、第11回守山進太郎さん、第12回浅野初子さん、第13回平林克敏さん、第14回阿部和行さん、第15回矢野広男さんたちでした。