小峠山に登った。Up,up and high(登って、登って、高くへ)だった。
朝早く近鉄八木駅から小型バスで約2時間。下北山村の水尻に着く。山間の谷底で、ヒンヤリした空気に包まれる。ここが小峠山登山口になっている。山々の広葉樹は‘若みどり’というか、鶸萌黄色をしている。それが柔らかく輝いているようだ。

山道はスタートから急登になる。夜来の雨で、登山道の落葉がしっとりしている。この急登が小一時間も続いて、やっと稜線に出た。空は徐々に晴れ間が見えてくる。ここで休憩。近畿の屋根という雰囲気が感じられる。木の間越しに見えるのは、山々ばかり。ここから、なおも一直線の登りである。路の落葉は、クヌギやブナであろうか、杉の木の合間にブナの木があちこちに見られる。

さらに登ると、シャクナゲがあった。淡いピンクの花弁が一際鮮やかである。そのつぼみは、また濃厚なピンク色をしている。山ツツジもあった。小ぢんまりと紫がかったピンク色に咲いているもの、朱赤のややくすんだ花など。色彩をコトバで表現するのは、本当にむつかしい。
登りはさらに続く。落葉の影に、キノコのような半透明の白いものがあった。これは「ギンリョウソウ」(銀竜草)というのだそうだ。家に帰って『広辞苑』を引くと載っていた。なんとか科の腐生植物だそうだ。葉緑素を持たないらしい。
一つのコブを乗り越え、下ってまた上り返すと子峠山の頂上である。三等三角点があり、1,099mの表示板が架かっていた。ついにたどり着いたという感じである。木が茂って展望は利かないが、空はもう天気が回復しているようだ。私は寝転んで空を見上げた。澄み切った青色、1,000mも登れば、雲は頭の真上を速く流れているようで、手でつかめる程に感じられる。かつての雑誌『アルプ』岳派ともいうべき気分に、しばらく浸っていた。ここで昼食。

ここから5〜6分、西の方へ行くと展望所がある。西北は別にして、全方向が眺望できる。西側の連山は大峰奥駆けである。一昨年、JAC関西支部の創立70周年として、岳友がこの「大峰奥駆け」を踏破した。遥か彼方に笠捨山が梯形で見える。そこから涅槃岳〜地蔵岳〜大日岳と来て、真正面は釈迦岳となる。ここ子峠山からは仰ぎ見るかたちである。巨大な鷲が両翼をひろげてこちらを狙っている格好である。国家に品格がある如く、山にも品格がある。深田久弥は『日本百名山』で、山の選定基準として高サ・歴史・品格を挙げている。釈迦岳はそれに充分適っている。

降りは休まず、一気に下山した。途中、上北山温泉で汗を流す。ここの湯は明礬や重曹が含まれているのか、湯をかけると肌がスベスベする。温泉の前を流れている北山川は淡い青磁色をしている。この川は、流れ流れて熊野川となり、太平洋に至る。
今回の子峠山は、やはり玄人筋の山であった。
最後に、リーダー森沢岳兄と、バスの手配その他で色々お世話になった芳村岳兄に心から御礼申し上げます。
【期 日】 2006年5月14日
【コースタイム】 水尻バス停10:15…926mピーク11:35〜11:45…小峠山12:50〜13:50…926mピーク14:20…675mピーク14:50…水尻バス停
15:20
【参 加】 内田嘉弘、内田昌子、浦上芳啓、岩崎しのぶ、久保和恵、小寺佳美、先水美智子、戸島泰三郎、中島 隆、能田忠明、宗實二郎、宗實慶子、森沢義信山内幸子、山田博利、
芳村嘉一郎 (会員外) 石井友枝、岐部明弘、篠原ひろみ、竹村洋三、蓮川博凡、橋原 史、守田チヨ子、芳村和子 計24名
(写真:中島 隆、芳村嘉一郎)
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