今西寿雄氏マナスル初登頂50周年
記念トレッキング

鹿田 匡志



バグルンバニからのマナスル三山 (左からマナスル、P29,ヒマルチュリ)

1956年5月6日、JAC第3次隊は、日本人による初の、そして唯一の8千b峰初登頂登山であったマナスル(8,163m)の初登頂に成功する。ヒマラヤ登山史上に燦然と輝く、エポック・メーキングな金字塔ともいえるあのマナスル初登頂から今年でちょうど50年。
初登頂者である今西寿雄氏ゆかりの関西支部で、その50年という節目の年を記念してトレッキングに出かけようということになった。

極左翼グループ“マオイスト”に絡むネパール国内の問題も一応今年の春からは表向きは良い方向に前進し、いつになくとても平和なネパールであった。とはいえ、今回は陸路での長距離移動を含む行程であったし、時期的にも雨期が明け切れているかという懸念もあり、予定が予定通り進まないこと、マナスルが展望できないことだって十分考えられた。マナスルを眺めて帰るという目的達成のために、できるかぎり柔軟に対応できるよう、行程の中にある程度の余裕を設けることにした。今回はお天気も含めて、すべてが予定通りに、そしてことのほかスムーズに運び、そのおかげでのんびりとしたフリータイムも随分とできてしまった。少し持て余してしまったかもしれないが、諸事情を踏まえ、どうかご容赦願いたい。

9月30日土曜日午前、重廣支部長以下会員6名と会員外3名の総勢9名で関西国際空港を出発。約6時間のフライトで経由地バンコクに到着した。2日前にオープンしたばかりの巨大な新空港である。旧空港に比べ入国審査までは比較的スムーズに進んだものの預け荷物がなかなか出てこず、結局は以前と同じく到着から外に出るまで1時間近くかかってしまった。出迎えの現地係員と合流し、車で今日の宿、市内のラディソンホテルへ向かった。久しぶりにクーデターがおきたバンコクであったが市内は特に変わった様子もなくいつもと同じく平和で活気あるバンコクであった。夕食はホテル内のレストランで。ここのビュッフェはメニューの豊富さで有名、ついつい食べ過ぎてしまう。初日の夜に皆で乾杯。

10月1日日曜日、いよいよネパール入りの日。約3時間半のフライトで首都カトマンズに到着した。車で市内の宿へ。カトマンズの宿もラディソンホテルにした。5ツ星のホテルで先進国並みの設備とサービスが整っている。外の雑踏とはまるで別世界。すこし贅沢のような気もするが、途上国の旅行に慣れていない人でもここならリラックスして滞在することができる。
ホテルロビーにてJAC会員でカトマンズ在住の大河原氏の出迎えを受けた。大河原氏は夫妻で現地手配会社ヒマラヤンジャーニー社を営み、30年以上もネパールに訪れる登山者やトレッカーの世話をしている。
その後、郊外のカトマンズを一望する高台にある仏教寺院スワヤンブナートをお参りし、トレッキングの安全と成功を祈願した。ちょうどダサインのお祭りで人がごったがえす旧王宮広場も見学してホテルに戻った。夕食はホテル内のレストランで。明日からのトレッキングに皆で乾杯。

10月2日月曜日、朝早く車でカトマンズを出発。市内でサーダーのテンジン・ドルジェも乗り込んできた。テンジンは昔、客が名付けたマイケルという愛称で親しまれているベテランのトレッキングガイドである。長髪にテンガロンをかぶり、精悍なチベタンのような顔立ちでなかなかのイケメン。ナムチェ出身の40歳。彼も若かりし頃はクライミングシェルパとしてダウラギリの頂上に立っている。エベレストはサウスコルまでの経験がある。

ポカラに続く幹線道路を西へ西へ。トリスリ川に沿ってさらに西へ。ドゥムレで向きを変え、今度はマルシャンディ川に沿って北上。
昼過ぎ、マナスル南麓の町ベシサールに到着した。ここにはこの山群のトレッカーや登山者を管理するチェックポストがあり、マナスルを一周したり、アンナプルナの北面に入るトレッカーなどは皆ここでバスを降りる。カトマンズの標高が1300m。ベシサールは山に近づいてはいるが標高は800mとじつはカトマンズより500mも低い。まだ雨期の名残が残るベシサールは湿度も高く、とても蒸し暑かった。今日はチェックポストとなりのキャンプサイトで幕営する。昼食後、シェルパたちがテントを設営してくれた。が、真昼間のテントはまるでサウナのようで、とてもいれたものではなく、ベシサールの町はずれまで散策することにした。残念ながらこの町からマナスルは見えない。

ここでも町外れには竹を組んで作った大きなブランコがこしらえてあった。竹のブランコはダサインの期間中、ネパールのいたるところで見ることができる。子供たちが暗くなるまで夢中になって遊んでいた。今日の夕食から食事は同行のトレッキングコックたちが用意してくれるキャンプ食となる。キャンプ食といってもシーズン中多くの日本人、しかも中高年のお客様を世話する彼らのそれは、日本の調味料を使い、日本人好みに仕上げられたとても食べやすいものである。今回のトレッキングは短いが、2週間、3週間と続く長い行程の場合はこれが本当にありがたい。夕食後は皆でビールをいただきながら、重廣支部長によるヒマラヤ登山史の特別講義。夜になっても蒸し暑く、蚊も多くて、あまり快適なキャンプではなかったが、無数に舞うヒメボタルのほのかな灯りが寝苦しい夜をすこし和ませてくれた。

10月3日火曜日、マナスル三山を望む好展望地バグルンパニへ向け出発。ベシサールの町外れから田んぼの間を抜けて林道をショートカットし、ぐいぐいと高度を稼ぐ。昼食後、バグルンパニまで延々と続く急な石段をゆっくりゆっくりと登り、夕方、開けた尾根上の集落バグルンパニに到着した。残念ながら雲が多く、キャンプサイトからの展望はきかなかった。夕食後、今日もビールをいただきながら重廣支部長による登山史講義。73年のエベレストから95年のマカルー東稜まで、JACのいわゆる“大きな遠征”のすべてに関わり、その中心的なメンバーとして活躍してきた支部長だけに、自身の昔話が、そのまま日本のヒマラヤ登山の歴史といえる。今回のトレッキングでは数々の遠征中のエピソードや裏話など、活字になっていない話まで聴くことが出来、貴重な機会を楽しませていただいた。



10月4日水曜日、朝6時のモーニングティーを前に、テントから首だけだしてみる。すると昨日は雲で何も見えなかった北東方向に山がある!!あわててカメラを手にテントから飛び出した。それぞれが圧倒的な存在感でどっしりと、そして堂々と構える“マナスル三山”である。マナスル、ピーク29、ヒマルチュリ、三山ともに日本人が初登頂しており“日本の山”とも称される。北西方向にはラムジュンヒマールやアンナプルナ2峰、4峰とアンナプルナ山群の大パノラマも広がっている。朝食前のひと時、皆思い思いにその雄大なパノラマを目に焼き付けた。前述の大河原さんによると、我々の出発直前までベンガル湾のサイクロンが影響し、天気は大荒れだったそうだ。その後も決まって夜は雨が降っていたし、晴れていても午後は雲が多かったので少し心配していたが、バグルンパニの到着翌朝にして目的のマナスルを無事に眺めることが出来たことは本当にラッキーであった。
朝食後、展望のよい開けた尾根を(といってもすぐに雲が湧き、あまり展望はきかなかったが)、北へと日帰りハイキング。バグルンパニの茶店の娘たちも道案内としてついてきてくれた。このあたりはエベレスト街道などメジャーなトレッキングルートに比べると外国人トレッカーの数自体うんと少なく、村の人たちもへんに擦れた人などいなくて、とても気持ちよい。


10月5日木曜日、朝食前にマナスルをバックに記念撮影。その後、ゆっくりと来た道を下山した。急な石段ではあったが、下りは早い。途中、マナスル三山を見納め、お昼にはベシサールの町に下山した。怪我もなく無事にトレッキングを終えることができた。
午後はフリータイムで各自思い思いにのんびりと過ごした。
来たときよりは蒸し暑さも少しましになったような気がする。夜は幾分肌寒く感じたが、それでも日中はまだまだ夏の暑さが残り、こんなにビールのうまいネパールトレッキングははじめてであった。重廣支部長の登山史講義も今夜が最終回。最後は今西氏のマナスル初登頂にまつわるお話で特別講義は締めくくられた。

10月6日金曜日、車でポカラへ向かう。久しぶりのシャワーで汗を流し、昼食はレイクサイドの日本食料理屋へ。午後はレイクサイドでショッピングなどして過ごす。

10月7日土曜日、朝からポカラ国際山岳博物館へと出かけた。建設計画は96年からはじまったものの、建設資材の輸入などの諸問題で工事は遅延し、やっと2年前にグランドオープンした博物館である。ネパールの多くの民族の衣装や生活を紹介する展示からはじまりヒマラヤの動植物、地質などの展示を経て、各8千b峰のそれぞれの初登頂を紹介する展示へ。中でもマナスルのブースがもっとも大きく、今西氏が遠征時に使用したノートをはじめ当時の装備の数々が展示されていた。続いて展示されていたチョモランマ日中ネ三国友好登山の日本隊出発時の写真の中に若かりし日の重廣支部長を見つけることができた。予想以上に見応えがあり、一部流してみたものの2時間でも足りないくらいであった。これからポカラに行く機会がある人は、是非とも博物館見学を計画に含めることをお薦めする。その後、ヒンズーのお寺をお参りした後、古い町並みが印象的な旧市街オールドバザールを見学して、カトマンズへ戻った。帰りは飛行機でひとっ飛び。快適。

夕食は国賓接待にも使用されるという高級レストラン“ボジャングリハ”でネパール最後の晩餐を楽しんだ。無事にトレッキングを終えた満足感とネパールの地酒“ロキシー”に酔い浸り、ネパール最後の夜は更けていった。

旅行取り扱い:アルパインツアーサービス(株)

写真: 芳村 嘉一郎