カムチャッカ半島

 アバチャ山(2741m)

茂木完治


  
<BCより噴煙を上げるアバチャ山>

【期日】2008年7月24日〜28日
【参加者】鹿田匡志(ツアーリーダー)、金井良碩、秦康夫、芳村嘉一郎、久保和恵、山内幸子、新本政子、新本孫宏、廣瀬健三、先水美智子、茂木完治

【記録】関西支部報3月号で鹿田さん企画のこの計画を見た瞬間に行きたいと思った。カムチャッカは一度は行ってみたかったし、5日で行けるというのも勤め人には魅力であった。過去に年に数回の海外登山を全て個人でやってきて、いささか疲れを感じてもいた。ツアー参加という大船に乗ってもいいと思ったのは60歳という年齢のなせる業であったかもしれない。

24日 関西空港に集合、滞りなくチャーター機に乗る。ロシアの飛行機は内装の目地はあってなくていい加減な作りでかなりちゃちっぽい。不幸にして一番後ろの席であったが、これがまたひどい。後の壁に当たって背もたれが直角に立ち、食事のテーブル腹に当たって水平にできないのだ。苦しい飛行を酒で紛らわせつつペトロパブロフスク・カムチャッキーへ。
現地時間9時頃であったがまだ明るい。のろい入国手続きを済ませてパラトゥンカ温泉郷のホテルに着いたのは夜の11時頃であった。車の中で今回のガイドをしてくれるスラワ君27歳の紹介があった。片言の日本語が愛嬌の好青年だ。

25日 朝起きると霧雨。朝食後タイヤ6輪の軍用トラック改造車で出発。途中、エリゾボの街のスーパーマーケットと市場で買出し。山で飲む酒と燻製などのアテを買い込む。鹿田さんお薦めのウォッカは少し松脂っぽい香りがしていた。
 車は川床の道を激しく揺れながら走り、アバチャ山ベースキャンプに12時半に着いた。室堂を思わせる草原の中に食堂棟を中心に10棟くらいのキャビンがあった。一息ついて見渡すと小さい動物が走りまわっている。地リスとのこと。怖がりもせず寄って来てクッキーなどをおねだりする。



 天候は一応晴れ。ただ霧が多くて山頂があまり見えないのが残念。東側にアバチャ山2741mが、西側にカリャーク山3456mが見えるはずなのだが。
 昼食後に登山ガイドのニコライ君とワレンチン君の紹介があり、通称らくだ山というらくだの背中のような岩峰へ足慣らしに出発した。雪渓を二つ渡り、廃屋が立ち並ぶ廃墟?を過ぎるとようやく山らしくなる。らくだ山は溶岩ドームの名残であろう。崩壊の激しい山頂へニコライ君の指導よろしく登ることができた。


<ラクダ山を目指して>

(コースタイム)ベースキャンプ着12:30−らくだ山へ出発14:10−帰着19:1

26日 今日はきっと快晴だと思っていたが朝起きると一面のガスでいささか失望した。曇でも雨よりはましと自らを慰める。それでも出発時にはアバチャ山の肩から太陽も登ってきて天気の好転が期待できそうだった。今日は長い一日になる。標高差2000mを一日で往復するのだ。ゆっくりしたペースで進む。ひたすらゆっくり。


<アバチャ山の肩から朝日が顔を出した。
正面の尾根を登って本尾根を左へ。最後は左のスカイラインを頂上へ>


 川を渡ると草原に遭難碑があった。ガイドなしで登って遭難した由。尾根に取り付く。遙か上に30分前に出発した同じアルパインツアーの松本隊が見える。下からは地元のグループが登ってきて追いつき、抜いて行った。ベースから4時間かけて標高差約1000mを登って本尾根に着いた。ここからしばらくは緩い登りの尾根道が続く。時々向いのカリャーク山が雲間に見える。万年雪の三角形の山頂は惚れ惚れするほどに神々しい。


<悪魔の指>

 下山尾根の手前の小岩峰で昼食して記念撮影した。先水さんと新本孫宏さんがワレンチン君同行で下山尾根から下りて行った。山頂まであと標高差700m、しかしここからが遠かった。
 すぐに小さな小屋があった。2人入るのが精一杯だろう。避難小屋にしては小さいし何に使うものであろうか。「悪魔の指」と呼ばれる麓からも見える岩峰の裾をトラバースして行く。コルに火山観測の箱が据えられている。コルから反対側の下方にとんがり峰が見える。小槍のようだねー、といつしか小槍の話題に華が咲く。ここから見るアバチャ山はまるで富士山のように聳え圧倒的に迫ってくる。頂上からは白い噴煙がモクモクと立ち昇っている。斜面に取り付き登る人が点々と見える。
 雪田を横切るといよいよ最後の登りだ。砂礫の登りは足元が崩れて登り難い。いよいよ頂上も近くなると砂礫が赤茶けてくる。その中を先行の松本隊が下りてきた。
 と、落石があった。ころころ転がってきたのが、跳ねて空中を数メートル飛んで松本隊の中に飛び込んで行った。落石―、と叫ぶがみんな足元に気を取られていて気付かない。女性の頭の方に飛んで行くのを見て「やった!」と思ったが、ちょっとはずれてザックの上に当たった。あと10センチずれていたら唯では済まなかったろう。本当に運のいい人で良かった。山屋は最後は運なのだ。


<アバチャ山頂にて-Shikata>

 頂上直下に50mのロープが張ってあった。ようやく頂上のお鉢に登り着いた。ベースから9時間弱。先水さん、新本さんと別れてから4時間。実に長い登りだった。やれやれと座り込むと地面が熱く辛抱できずに立ち上がる。熱いはずで、お鉢の中は白煙を上げる黒々とした巨大な溶岩の塊で2条の噴煙を噴き上げているではないか。
 お鉢の最高点を往復して下山にかかる。登り9時間である。時刻はすでに17時半。帰着は一体何時になるのか。鹿田さんは夜の9時には着きますよ、遅くなっても夜10時過ぎまで明るいから大丈夫と落ち着いたもの。いくらなんでも夜9時に着けるというのは信用できなかった。ところが下りの速いこと速いこと。登りは3歩登って2歩下がるようであったが、下りは1歩下ると3歩進む感じで滑り降りられた。


<振り返ると初めてアバチャ山の全容が見えた>

特に下山尾根に入ってからは速かった。そのような下りだったので膝への衝撃がほとんどなく、膝を傷めることもなかったのはありがたい。そして丁度9時にベースに戻ってしまった。
(コースタイム)ベースキャンプ出発8:10−遭難碑8:30−本尾根(標高1775m)−小岩峰(昼食)12:40〜13:20−下山尾根分岐13:30−小さい小屋13:40−コル14:10−雪田14:30−頂上16:50〜17:20−雪田18:30−下山尾根分岐19:15−らくだ山下の雪渓20:20−ベースキャンプ着21:00

27日 朝から霧雨である。ゆっくり起床して約3時間のお花畑散策に行く。戻ると霧が晴れて一転して快晴。アバチャ山、カリャーク山がようやく全貌を現した。帰る前に山々を見渡すことができて本当に良かったと思う。例のトラック改造車で下山、スーパーと市場でお土産を買ってパラトゥンカ温泉郷へ。夕食後に温泉プールでしばし遊んで快眠した。
 翌28日の朝帰途に着いた。帰りはウラジオストック経由であった。ウラジオストックの空港には店らしい店がなく、4時間の待ち時間をつぶすのに苦労した。
 この山行は天候もまずまずで、仲間にも恵まれ、満足できるものでした。引率の苦労をしてくれた鹿田さんに感謝いたします。

(写真も茂木会員)