支部山行 06−07        四国分水嶺踏査(4)

ニクブチ峠〜一の森〜剣山〜三嶺






槍戸山より次郎笈、剣山、一の森


「第四回四国分水嶺踏査」に参加して   (前田正彰)

 8月26・27日、第4回「四国分水嶺踏査」に参加した。会員になって初めての参加である。 自分と姫路地区の先輩2人の計3人は別行動で前日夜姫路を発って剣山麓の「見の越」に深夜1時半に着いた。軽くビールで乾杯して寝袋の人となった。 5時にはもう明るくなった。天気は申し分なさそう。 そこから案内してくださる徳島の人達を待って食事や身の回りの整理をしていたら時間も瞬く間に過ぎた。やがてその人達と合流し、挨拶もそこそこに8時40分に出発した。ロープウェイ西島駅までは昨年別のメンバーと来た時と全く同じコース。今回はそこから「踏査隊本体」と合流するために「一ノ森」へのコースをとった。途中、今話題のキレンゲショウマ≠フ保護区域を通ったり、行者の修行地だったという『蟻の塔わたり』という岩場に案内してもらったりの楽しい山歩きだ。

 「一ノ森」ヒュッテで食事を済まし、休んでいると本体≠フ人達が、にくぶち峠の分水嶺経由で続々とやって来た。その人達の昼食を待っている間に空模様が怪しくなってきた。とりあえずリュックカバーをかけて「槍戸山」行きの準備をしていた。何とか雨具まではつけずにすんで、サブザックにカッパ、水筒、カメラを入れ、12時25分に出発。東の方向から絶えずゴロゴロ!ゴロゴロ!≠ニ雷の音が無気味に聞こえてくる。それでも我々の居る所へは来る気配がないので安心だった。急降下、急上昇して「槍戸山」に30分足らずで着いた。

何でもこの山は五葉松が有名らしい。立派な木が一杯生えていた。帰路ガスが走ったり晴れたりの合間に「剣山」、左に「次郎笈」そしてその間に遠く明日の目標地である「三嶺」がきれいな三角錐のシルエットを覗かせていた。「剣山頂ヒュッテ」には3時前に着いた。残念なことに前日の落雷でポンプが故障し、風呂が使えないということだった。タオルを水に浸して絞り、体を拭いたらそれで、すっきりした。夕食までの一時、一つの部屋に集合してビールや焼酎で乾杯して雑談に花を咲かせ、夕食後はコテンパ、キューッ!!≠ィそらく7時には眠りに就いてしまったようだ。

 明くる朝、まだ遠くで稲妻の光とゴロゴロ♂ケは続いていた。真っ暗な中準備体操を済ませ、ヒュッテのスタッフの皆さんに挨拶して4時35分に出発した。歩き出してものの30分もすると明るくなってきた。上空は晴れているのだが東の空に大きな雲がかかっており、『ご来光』は拝めそうになかった。かなり明るくなってその雲間から橙色の光線がまっすぐに伸びていった。「次郎笈」へは前回行っているので…、とも思ったが矢張り折角来たのだからと今回も寄ることにした。そこに行ったおかげで、早朝独特の峰と峰とを渡る『滝雲』をゆっくりと観察することができた。尾根道に戻ると熊笹の間に生えているススキが早くも穂をつけていた。その尾根道を「丸石」、「高ノ瀬」そして最後の「三嶺」へと進むのだがとにかく長い!!陽はそこそこ陰っており、時々ご馳走の風≠熕≠「てくれるのだが、その距離に参った。石立分岐を過ぎて『水場』の表示が地図の上ではあるのだが、コースから外れているようで結局見つけられなかった。何とか予備の水で頑張ることはできたが…。辛かった。

 漸く「三嶺」への登り道が見えた。ところが一旦下らねばならない。そこまで来てからの「降下」は精神的にもこたえた。とはいえ仕方がない。丁度、六甲山全縦走の菊水山からその先を見た時のような心境だった。そんな思いをしながら再び登りに入る。険しい道に鎖場もあった。またその横に白と黒の縞模様のきれいな大岩があった。そこを越して、もう一度小さい下りと最後の登りだ。やっとの思いで13時10分に「三嶺」の頂上に立った。ところがそこからの下りもきつく、なんと、名頃の駐車場には15時50分に到着したという次第であった。
 何にせよ、四国の大きな分水嶺の一部を垣間見ることの出来た貴重な山行ではあった。

【コースタイム】
(26日 前半) <見ノ越8:40--西島駅9:20--一ノ森11:10> 



四国分水嶺分割登山・第四回    ( 新井  浩)     



三嶺頂上にて

日本山岳会関西支部は月例行事として、四国分水嶺登山を東の平石山649mからスタートし、西へ向かって実施中である。今回は四国山地の、なかでも魅力ある剣山山系の中心地を踏破する計画で、見逃す手は無いと参加させて貰った。

2006年8月26日(土)
 大阪発の夜行バスにて、5時半着。目覚めたのは、徳島県美馬市木屋平の道の駅であった。ここで朝食。快晴で嬉しい。再乗車して富士の池へ向かう。信仰登山が盛んな頃、ここの剣山本宮が、剣山登山の表参道入口であった。大きな鳥居があり、藤の池本坊の石柱等が建っていた。山岳信仰の歴史が秘められている。

 7時、鳥居をくぐって、本堂の左裏手から登りにかかる。我々は、一の森へ向かう登山道をとらず、ニクブチ峠の分水嶺へ向けて、左トラバース気味に登ってゆく。今は人の通らない、かすかな踏み跡をたどる。ササが生い茂り、藪漕ぎを強いられる。蒸し暑く、たちまちにして汗びっしょりだ。尾根道に出るまでの辛抱と自分に言い聞かせる。尾根らしい明るさの樹林となる。足元はササの密集するところで、峠だという。2時間掛かってやっと分水嶺登山の既到達点であり、今回のスタート地点に立った。展望なし。

 手持ちのガイド地図を見ると、この先、「馬鹿尾根ブッシュ多し」とある。うんざりするほどの長い尾根が西の一の森へ続いているのである。分水嶺登山の真骨頂たるところ。ブナ等の生える馬鹿尾根を文字通りたっぷりと味会う。シコクシラベが目に付き始め、富士の池からの登山道に合流するあたりで、ガスが湧き出し、あたりを隠してしまう。高山的雰囲気となる。濃くなったガスは、雨模様となる。なるいササ原を進むと一の森ヒュッテが目の前にあった。11時半。食堂に上がりこんで昼食。内田管理人は、ヒュッテ開設70周年で、ちょうど関西支部と同年齢であると我々を喜ばせてくれた。有難くお茶サービスを頂く。

 12時半、昼食と雨宿りを終え、荷物を置いて槍戸山1820mへ往復登山に出発。一の森から南へ突き出ている尾根の先端が山頂である。私は見送り方々50mほど先の見晴らしの利く露岩までとした。おりよくガスが晴れはじめ、端正な槍戸山が姿を現す。さらに視野を右に振ると、形のいい次郎笈や丸型の剣山が全貌を見せる。深い谷間越しであった。すぐ近くの一の森は山頂としては珍しく森林で、山の名前どおりと感心する。その中に青屋根の一の森ヒュッテがあった。立て直された立派な建物であった。あたりを散策する。小屋周りは、ササにまじってシコクフウロなどの花が咲き乱れていた。白骨樹が一本あり、先端が龍の顔にそっくりだった。すぐ近くの小高いところが三角点であった。

 二人の女性と共に主力隊を待たずに剣山へと先発する。取り戻した日差しは、剣山の観測所までで、次第に雲が厚くなる。頂上一帯は、板張り廊下道が張り巡らされていた。植生保護の為である。周りを小石で包まれた三角点1955mは、太いしめ縄で囲われていた。大事にされている様子に驚く。ガスが暗く立ち込めてきたので小屋へ急ぐ。

 15時半、頂上ヒユッテに主力と同時着となる。外は雨となる。ラッキーであった。夕食までの間、一室に集まり、楽しいアルコール入りの団欒が始まった。17時半の夕食の席上、主人の新居綱男さんから、先代が開設したこのヒュッテが50周年になったとの挨拶が為された。50年の歩みが記されている「剣山物語」が売店にあり、購入するとき、主人がサインしてくれた。あとで読むと、写真が豊富にあり、巧みな編集で素晴らしい紹介本となっていた。

8月27日(月)
 本日のコースについては、「県下で最もよく歩かれている縦走コースである。距離が長く剣山から三嶺まで、健脚の人で8〜9時間掛かろう。後半の白髪分岐以降が疲れてくるところ、最後の三嶺への草付きの登りが苦しい。途中の避難小屋か三嶺頂上小屋の利用が好ましい」とあった。我々は三嶺頂上を越え、更にバスの待つ国道・名頃まで一気に降りることになっている。
猛烈なアルバイトの一日が予想された。

 4時半の出発。満天の星である。オリオンが大きく輝いていた。懐中電灯の列は次郎笈へと続く。次郎笈1929mの頂きでの日の出は、残念ながら水平線に雲がたなびき、期待を裏切られた。しかし、やがて雲の上に顔を出すと、逆光の剣山・一の森・槍戸山が黒々と浮かび上がってきた。反対の西の方はと言えば、夜明けの縦走路が初めて目に入る。はるか遠くに光りを浴びた三角頭の三嶺があった。肝心の三嶺の南尾根及びその鞍部は前山に隠れており判然としない。とにかく遠い山なみの彼方である。

 さて、先が長いので気を引き締めて行こう。上り下りの変化を楽しみながら、急ぎ気味の進行となる。一本道は明瞭に続いている。左の深い谷間に剣山スーパー林道を認める。雄大な景色である。開かれた尾根道は、膝高のササ原の連続で、遠目にはきれいなグリーンの丘に見える。丸石1684m、丸石避難小屋、高ノ瀬1741mと淡々と通過。この高度では、時々の吹き上げる谷風もあって、凌ぎやすい。北側斜面は潅木で濃い緑色をなし、赤テープの木が目に付く。保護観測されているオオヤマレンゲとのこと。結構沢山あった。

 9時半、石立分岐点を過ぎたところで休息したが、私はお握りをひとつ食べる。この頃から昨日同様上昇気流は雲となり、遠い山は雲に包まれ姿を隠し始めていた。菅生三角点1701mを過ぎ、赤い屋根の白髪避難小屋近くのササ原で昼食をとる。10時40分。振り返ると、次郎笈は雲の中に見えなくなっていた。あたりの景色も朦朧となり、我々も惰性的動きとなる。白髪分岐点から縦走路は北へ転ずる。韮生分岐の鞍部まで下がる。奇怪な枝分かれのブナの大木があった。手を伸ばして実を三個採取した。

ここからの三嶺への南尾根は、アルペン的風貌となるとのことで、楽しみにしていたが、白いガスに包まれてさっぱり駄目。斜面はきつくなり、最後のふんばりどころに差し掛かる。ササを掴んで身体を引き上げる。一瞬登路の右側が、頂上よりスッパリと切れ落ちているのをちらりと見ることが出来た。東尾根の上部大岩も目に入った。すぐガスで見えなくなったが、なるほどこれがアルペン的かと納得する。突然上部に大岩が出現するが、横手にくさりが下がっていて難無く攀じ登る。トリカブト・リンドウの青い花を目の隅に焼きつけながら更に登ると、足元にホソバハハコグサが、沢山咲いているのに気がついた。ガスの中、重広支部長が頂上のはずれで出迎えてくれた。ラストの私と笑顔で握手する。13時15分着。ガスに包まれた山頂はもちろん展望なし。次回に期待しよう。平らな裸地の頂上で記念撮影を行う。


分水嶺登山は、ここで中断する。その先は次回山行に委ねることにして、我々はバスの待つ名頃まで降ることになった。なんと高度差が1000mほどあり、急降下である。これまでの疲れでバテバテの足は悲鳴をあげてしまった。詳細は省略するが、すっかり一行から遅れて、名頃に着いたのは、16時15分であった。

帰りの温泉入浴が定番となっているが、今回は見ノ越経由貞光への438号線で剣山木綿麻(ゆうま)温泉へ向かう。汗を流してツルツル肌となり、気持ちよく大阪へ帰った。

最後に感想をひとつ。それは忘れ去っていた「歩く喜び」を思い出したことである。久しぶりのきびきびした縦走で、初見参の四国山地に接し、山のうねりを乗り越え、前へ前へと進む。まるで処女地を歩くような感懐を抱いた。それは私の妄想かもしれないが、楽しかったことだけは事実である。             
                          世話役の皆様に感謝しつつ、新井 浩 記す。


【期 日】  06年8月26日〜27日
【コースタイム】 
(26日) 剣山金剛院前登山口07:10…林道横大滝08:00…にくぶち峠09:10〜09:15…池ノ窪09:55…T字路(冨士の池・垢離取分岐)11:15…一の森小屋(昼食)11:35〜12:25…槍戸山13:00〜13:10…一の森ヒュッテ13:45〜14:10…一の森14:15…剣山頂上ヒュッテ 

(27日)剣山ヒュッテ04:35…次郎笈峠05:10…次郎笈05:38〜05:55…丸石06:50〜06:55…丸石避難小屋07:20〜07:35…高ノ瀬山08:30〜08:35…1738P09:00… 1700P(菅生三角点)10:12…1692P10:30…白髪分岐小屋(昼食)10:40〜11:00韮生越(白髪分岐)11:15…三嶺13:10〜13:40…避難小屋分岐13:45〜14:00…三嶺林道中間点15:15〜15:20…名頃15:50   

【参加者】
新井 浩 新本政子 岩崎しのぶ 内田昌子 浦上芳啓 清瀬祐司 久保和恵 阪下幸一
阪下悦子 佐野加代子 重廣恒夫 須磨岡 輯 滝川敏康 中島 隆 中谷絹子 秦 康夫 廣瀬健三 前田正彰 松村文子 森澤義信 宗實二郎 山内幸子 芳村嘉一郎
(27日) 尾野益大 小林京子 滝 由喜子
(会員外9名)計35名。

      写真: 中島 隆、芳村嘉一郎